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第12回ここ掘れ! 長野調査隊

第12回ここ掘れ! 長野調査隊

2024年10月31日

昨年度企画した「山城の宝庫 長野市〜上杉・武田両軍の争奪戦が行われた山城 旭山城〜」は、諸事情で下見だけにとどめ実施には至りませんでした。今年度は同じく市内にある山城の葛山城を目指しました。葛山城は、1555年第2回川中島合戦の対陣のとき、上杉謙信が武田方の旭山城に対する向城として整備・拡大した上杉方の城です。

10月末の大変気持ちの良い日差しの中、NUPRI参加者4名と地元、芋井の案内ボランティア2名の総勢6名の少数精鋭メンバーで登城しました。葛尾山登頂には往生地ルート、新諏訪町ルート、七曲りルート等複数ルートがありますが、今回は駐車場がある芋井からのルートとしました。ながの観光コンベンションビューローのホームページには長野市内にある13の山城を紹介するページがあり、その中の「葛山城跡トレッキングガイド」を参考に駐車場まで行くことができます。

当日は2名の葛山城案内人と駐車場にて待合せをしました。前日が雨だったため一部ぬかるみがありましたが、急坂や危険箇所はなくトレッキング気分でゆっくり登りました。途中、城の見所ともいえる土塁や堀切跡などを案内人から解説いただきながら、休憩を入れて1時間ほどで主郭跡の山頂まで辿り着きました。
山頂からは武田方の山城である旭山城(標高785m)が近くに見えます。標高もほぼ同じくらい(葛山812m、旭山785m)であるため、相手方からも同じようによく見えていたのだろうと想像できます。

葛山城は、1557年2月に雪で上杉軍が出陣できない時期を見計らい、武田方が大軍で葛山城を急襲し、水の手を断ち切り城に火をかけ落城したと伝わっています。その落城については様々な言い伝えがあります。逃げ場を失った多くの女性たちが身を投げた「姫谷」と呼ばれる谷底からは、後の世まで哀しい鳴き声が聞かれたといいます。また、この城は水に乏しかったため、米を水に見せかけて敵の目を欺いたという米山城伝説も残ります。
地元の方々は高く育った木々を伐採したり、歩道が埋まらないよう下草を刈ったりして、山頂から周囲の眺めを良くしようとしてくれています。また、トレッキングコースとして登られる方もいるそうです。私たちが何気なく上ってきたコースも地元の皆さんがボランティアで整備してくれているため、道に迷うことなく登れてきたのだと感じます。私たちが山頂に着いたときに、山頂のベンチには別ルートで登ってきたという老夫婦がいて、地元の人たちの散策コースにもなっているのではないかと思いました。

余談ですが、案内人から「善光寺ラウンドトレイル」というイベントがあることを教えてもらいました。次回は2025年5月10日(土)にロング20kmコース、11日(日)にショート8kmコースで開催されます。ロングコースは地附山公園をスタート・ゴールとして、大峰山(大峰城跡)、葛山、頼朝山、地附山の4つの里山を回ります。葛山もその一つに加えられています。関心のある方は参加されてみてはいかがでしょう。